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家・家族・故郷の生態系とお土産のポータル

日本のお土産の起源には諸説あるが、神人共食、つまり神と人が親密な関係になるための儀礼としてお神酒を交わし、そのおすそ分けとして宮笥(盃)を家族や共同体に持ち帰ったこと(盃事)がその発祥の由来とされている。お土産という贈答慣行は、民族の枠組みを超えて世界的かつ普遍的にみられるものだが、日本独自の発展を遂げた習俗、文化でもある。例えばお土産にはSouvenir(スーベニア)とGift(ギフト)という二つの意味があるが、基本的に前者は自分のための記念品として、後者は相手のための贈答品として捉えられ、後者の意味でのお土産をこれほど重視するのは日本文化に特有の性質である。日本のお土産は大衆化を経て手土産から旅土産に発展した歴史があり、前者は家を訪問する際に持ち寄るもの、後者はハレ(日常)の生活空間からケ(非日常)の異次元空間への一時離脱/移動に伴い持ち帰るもの、という違いがある。しかし両者ともに、共同体における人間同士の親密さを維持するための儀礼として、非常に重要な役割を担っていることに変わりはないだろう。

家・家族・故郷。場と人と記憶を取り巻く生態系と循環構造。このような閉じられた円環と脱出不可能性を最も象徴する言葉の一つが、ポール・ゴーギャンの精神的な遺作/遺言とされる《我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか》だろう。古今東西を見渡してみれば、哲学者のブレーズ・パスカルによる『パンセ』、詩人のシャルル・ボードレールによる『赤裸の心』、随筆家の鴨長明による『方丈記』の記述など類似の問いは枚挙に暇がない。ただし仮にゴーギャンの認識が一つ間違っていたとするならば、家を捨て、家族を捨て、故郷を捨てた先に外部、つまり楽園があると信じていたことだ。ここで思考の方向を転換し、外部が外部なのではなく、内部の内部が外部であると捉え直してみたらどうだろうか。そのような営みは、家の中に公共性を見出だし、家族の中に他者性を見出だし、故郷の中に外部の世界を見出だしてみせることにほかならない。

コロナ禍が加速させた、接触恐怖症に覆われた時代。家は外部に閉ざされ、家族は内部で分断され、故郷への帰省は禁じられた。親密圏から公共圏に至るまで、世界は加害/被害の関係で満たされ、SNS以外の想像力を失った。我々はそのような状況下において、湘南探索ツアー、故郷探索ツアー、メタバース探索ツアーという名の故郷観光ツアーを開催した。各探索ツアーの性質は異なるがあえて一言でまとめるならば、各故郷を巡る中で露呈する故郷当事者の自我 = 記憶の原風景を探索することで、親密圏と公共圏の領土を接続/切断し、組み換え直す試みといえるだろう。ちなみに断片化した故郷の風景を3Dスキャンし、そのデータをお土産として持ち帰ったことが、本展におけるお土産の発想の原点となっている。

ところでメタバースプラットフォームの一つであるVRChatには、ワールド間を移動可能なポータルと呼ばれるワープ装置がある。ここでお土産とはポータルである、つまりある世界に対する没入と失踪を促す機能があると仮定してみる。より具体的にいえば、お土産とはある親密圏や共同体における失踪者が持ち帰った痕跡/象徴であり、没入者はそのポータルを通して観光先の異次元空間にワープすることができる。本展の会場となる家 = プライベイトはかつての利用者が残していったものが蓄積し、受け継がれていく性質を持つ。このような没入と失踪が絶え間なく交差する場において、家・家族・故郷という三つのキーワードを基盤としたお土産 = ポータル(作品/非作品を含む)を複数設置することで、各構造の内部に外部と接続するワープの回路を作ってみせることが本展の狙いである。

もちろん私は本展において、お土産 = 作品であり、それらを陳列すれば展覧会になるなどと主張する気は毛頭ない。ハンス・ベルティンクは「イメージ人類学」において美術史学の枠組みに囚われないイメージの在り方を提唱した。ここにお土産という見立てを導入することで、作品/非作品という枠組みを超えた、記憶の原風景のイメージを抽出してみせること。他方で椹木野依がかつて提唱した「悪い場所」における歴史の反復と忘却は、震災における破壊と復興という日本列島における地質学的な条件へと拡張された。このような閉じられた円環の原因を外部に求めるのではなく、むしろ家・家族・故郷における起源を辿り直し、「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」という問いを重ね合わせた上で批判的に継承し、脱出を試みること。お土産を通して記憶の原風景のイメージが陳列され、閉じられた円環の内部に通奏低音が響き渡る先に、我々はまだ見ぬ新しい共同体の姿を幻視するのである。

NIL

家・家族・故郷の生態系とお土産のポータル

会期(前期):2023年5月5日~10月22日
会期(後期):2023年11月3日~12月17日
※隔週金、毎週土、日開廊(一部例外あり)。
※7月1日~8月31日まで休廊。
※展覧会は完全予約制となり、前日までの予約が必須となります。
※展覧会の会期は前期と後期に分かれ、会期に応じて作家や作品を含めた大幅な展示替えがあります。
開廊時間:13:00~18:00
予約:https://postpassionfruits.com/exhibitions/special-exhibitions/the-ecosystem-of-house-family-and-hometown-and-the-portal-of-souvenirs-and-gifts/reservation/
会場(前期):貸民家プライベイト1階
会場(後期):貸民家プライベイト1階~3階
アクセス:https://tokyoprivate.theblog.me/pages/3489813/static/
観覧料(前期):¥500
観覧料(後期):¥1,000
キュレーション/デザイン/Webサイト制作:NIL
作家(前期):慈、小林毅大、須藤晴彦、マリコム、NIL、Trademark
作家(後期):慈、梅沢和木、小栢可愛、金川晋吾、小林毅大、小宮りさ麻吏奈、鈴木薫、須藤晴彦、大東忍、冨田粥、マリコム、わたしのような天気、Anrealms、NIL、Trademark
主催:Post Passion Fruits
助成:公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京 [スタートアップ助成]
展覧会特設ページ:https://postpassionfruits.com/exhibitions/special-exhibitions/the-ecosystem-of-house-family-and-hometown-and-the-portal-of-souvenirs-and-gifts/